2017年6月1日木曜日

会長挨拶

あらためて歴史を想う

学友会会長 山田勝重(昭37卒)

 校庭の桜の花が満開となった4月6日の暖かな日差しの下、誠之小学校は100人の新入生を迎えることができました。
 一昨年10月30日に開校140周年を迎えた誠之小学校も、昭和30(1953)年6月に創立80周年を記念して完成した図書館がある第二校舎は、大正13年建築のもっとも古い校舎となり、他の殆どの校舎も老朽化が著しく、耐震性からも問題があることから、今年度から約5年間に及ぶ建て替え工事に着手することになりました。すでに正門を入ってすぐの校庭の一部がはがされ、恒例となっている新1年生の入学式後の桜の花の下での記念写真の撮影も今年はできませんでした。いよいよ古い校舎の建て替え工事が始まったのを目の当たりにしてあらためて私が誠之小学校に通っていた昭和31年頃に想いを馳せました。
 その頃誠之小学校の生徒数は、ベビーブームを反映して開校以来最高の2558名でした。先日体育館での入学式において新1年生の入学を祝って2年生が歓迎の歌と演奏を披露するために壇上に登ったの
を見て、2学年だけでも随分と大勢の生徒がいるなーという印象でしたが、当時は現在の1年生から6年生までの合計680名の3.7倍以上の生徒が当時ひしめき合っていたことになり、どおりで教室内にいても、校庭で遊んでいても、教室を移動するときも、いつでもとにかく人が多くて始終人とぶつかっていたということが今更ながら思い起こされます。
 3年生になった昭和33年前後から木造の校舎が順次取り壊され、校庭は使えなくなり、運動会は東大農学部のグラウンドで行われ、途中から仮校舎から第3校舎に移ったものの、昭和37年に卒業するまでに木造の校舎はすべて鉄筋の校舎に代わったものの、遂に体育館は完成
せず、約4年間にわたり校庭は使えなかったのに加え、私の学年の卒業式は、合計383名という大人数のためもあり現在シビックホールがある場所にかつて建っていた文京公会堂で行われました。
 ちょうど今年度から現校舎の一部の取り壊しと仮校舎の建築が始まり、今後約5年間にわたり不自由な学校生活を送らなければならない先生方、職員の皆様、生徒らの心境や不安を思うと同情に堪えませんが、誠之の歴史を見つめてきた校庭のえんじゅの木やイチョウの木は既に伐採されており、桜の木や藤棚や数多くの木々も順次伐採され、現校舎と共に最後の見納めとなるものの、これまで日本の政治、経済、歴史の中で数多くの優秀な先達を輩出し、教育の歴史の中で重要な役割を担い、また歴史の礎を築いてきた誠之小学校が、これからも
何年、何百年と重ねていく歴史の流れにおける一つの通過点ととらえると仕方がないことでもありますが、他方で輝かしい未来への幕開けとして大いに期待したいところでもあります。
(学友会誌第40号より転載)